「三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップ」における4つのシナリオ

保護区シナリオ、漁業・観光シナリオ、住宅地シナリオ、商工業シナリオ

◆ 目次
1.三番瀬の未来 保護区シナリオ 〜「保護区と環境学習・研究」のまち〜
2.三番瀬の未来 漁業・観光シナリオ 〜「観光漁業とエコツーリズム」のまち〜
3.三番瀬の未来 住宅地シナリオ 〜「海辺の景観を生かした住宅」のまち〜
4.三番瀬の未来 商工業シナリオ 〜「商工業と施設型観光レジャー」のまち〜

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三番瀬の未来 保護区シナリオ
〜「保護区と環境学習・研究」のまち〜

 このシナリオでは、生物多様性が人間の快適性・利便性よりも優先されています。残された自然を保護しながら、さらに環境を修復していくために、さまざまな計画や規制がなされています。三番瀬全域が鳥獣保護区に指定され、環境学習・環境教育、学術研究の場として活用されています。生態系保全と共存できる漁業活動は、三番瀬の「優先産業」として保護される一方で、周辺地域での商工業や住宅開発は抑制されています。



 2023年5月X日の三番瀬。
 近くの市立小学校に通うアユミさん(11歳)が、5年3組のクラスメートとともに三番瀬の干潟を訪れている。子どもたちは、水たまりにひざまでつかって大はしゃぎ。貝を掘り出したりカニに触ったり、デジタルカメラで生きものの写真を撮ったり、携帯端末で博物館のホームページにアクセスして「生きもの図鑑」を調べたり。望遠鏡で鳥を観察する子の姿もみえる。
 5年3組の時間割では、毎週水曜日の午後は「三番瀬」の時間。1年間かけて、三番瀬を題材に、理科や社会科などにまたがる幅広いテーマを学んでいく総合学習の授業だ。アユミさんも、毎週この時間を楽しみにしている。
 今日のような干潟の観察は、春夏秋冬ごとに2回ずつを予定しているが、そのほかにも、漁師さんの指導で海苔づくりを体験したり、地域のお年寄りに昔の三番瀬の様子をインタビューしたりするなど、さまざまな予定が決まっている。
 いまや、近隣のほとんどの小中学校が、三番瀬を授業や学校行事に活用している。そればかりか、全国からたくさんの子どもが三番瀬を訪れるようになっている。

 


 こうした利用を支えているのが、「千葉県立三番瀬干潟博物館」だ。ここには、干潟の生きものと海辺の暮らしの変遷が展示されている。三番瀬と東京湾をフィールドとする多彩な分野の研究者をスタッフに擁し、干潟についての学際研究の国際的な拠点となっている。
 干潟博物館と地元の小中学校との協働もさかんだ。博物館では、総合学習に講師を派遣したり、教材・カリキュラムの開発を地元の学校の先生といっしょに進めたりしている。今晩も、地元の小学校の先生と博物館の環境学習部のスタッフが、「総合学習における聞き取り調査の活用法」をテーマに研究会を開く予定だ。
 今日も、神奈川、愛知、大阪などから、修学旅行の中高生が博物館を訪れている。愛知の中学生に添乗してきた担当者の話では、東京行きの修学旅行でクラスやグループ別の見学先希望アンケートを取ると、三番瀬はつねに上位にくるという。
 干潟博物館は、20世紀後半に造られた埋立地の一角に建っている。今世紀の初めまで工業用地として使われてきた土地だ。周りには、干潟やアシ原などが数十ヘクタールの規模で復元されていて、博物館の入口ホールにある大きな窓からの眺めは、1960年代初頭、埋め立てが始まる直前の風景とほぼ同じところまで戻されている。こうして自然が復元された「保全ベルト」は、三番瀬と合わせて国設鳥獣保護区およびラムサール条約登録地に指定されている。



 その日、アユミさんは家に帰ると、父のマコトさん(40歳)、母のカオリさん(39歳)に三番瀬の話をした。オオソリハシシギが泥のなかからゴカイを引っぱり出して食べるのを望遠鏡でみたこと。巣穴を深く掘ってカニをみつけたこと。泥を掘ってふるいにかけてみると、ゴカイや貝などがたくさん出てきて、自分の足もとのごく狭い面積にたくさんの生きものが住んでいるのに驚いたこと……。
 アユミさんが楽しそうに話すのを聞いて、マコトさんは、小学2年生の息子、タツヤ君(7歳)も連れて、家族4人で三番瀬に行ってみたいと思った。じつは、東京出身のマコトさん自身は三番瀬に行ったことがない。三番瀬は、環境学習の場としてはさかんに利用されているが、地域住民にとって必ずしもなじみのある場所ではないのだ。
 生物多様性の保全のため、三番瀬への立ち入りは厳しく規制されている。三番瀬に入る人は、干潟博物館か、三番瀬の4カ所に設置されている「観察センター」でチェックインし、パスを受け取らなければならない。市民が三番瀬内で自由に観察会を催すことはできず、行政の委託する環境保護団体が観察会を開いている。潮干狩りや釣りも、毎日の入場者数や、ひとりが持ち帰れる量に制限がある。もちろんプレジャーボートの利用も禁止されている。



 三番瀬の漁業は、生物多様性の確保を中心とした再生政策のもとで、「優先産業」として位置づけられている。「生物多様性は漁業の基盤であり、安定した漁業活動こそ環境の豊かさの生きた目印である」というわけだ。この理念どおり、三番瀬周辺では商工業や住宅開発が抑制されるなか、漁業は従来の活動を保障されてきた。しかし、現実の政策は現状維持の域を出ておらず、後継者の確保もあいかわらず厳しい。カオリさんは、元漁師だった父ヨシユキさん(70歳)が、こう言うのを聞いたことがある。
 「生物多様性でメシが食えるのは、学校の先生か学者さんだけ。われわれ漁師はメシの食いあげだ」
 だが、このように嘆く人がいる一方で、漁民のあいだには「三番瀬の漁業がなんとか持ちこたえてきたのは、『生物多様性』に重きを置く再生政策のおかげ」という見方もあって、漁民の思いは複雑だ。

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三番瀬の未来 漁業・観光シナリオ
〜「観光漁業とエコツーリズム」のまち〜

 このシナリオでは、生物多様性が人間の快適性や利便性よりも優先されています。生物多様性を保全する取り組みにおいては、住民による自発的な環境保全活動や、まちづくり活動が大きな役割を担っており、行政による計画や規制の出番は少なくなっています。観光漁業やエコツーリズムを通じて、三番瀬の自然を地域の内発的な発展に生かすことが目指されています。



 2023年5月X日の三番瀬。
 三番瀬の近所に住む会社員、マコトさん(40歳)は、週に1、2度は、出勤前に早起きして朝市へ行く。今朝も5時に起きて、朝食の材料を仕入れに出かけた。市が立つ「フィッシャマンズワーフ」へは、自宅から自転車で5分ほどだ。
 復元された内陸性湿地と三番瀬とを結ぶ水路に沿って、自転車・歩行者道が設けられている。この道路を通って朝市まで行く。「道路」と言えば聞こえはいいが、舗装も不完全で場所によっては草も生い茂り、むしろ幅の広い「あぜ道」といった方がいいかもしれない。このあぜ道も水路も、県の「三番瀬再生事業」の一環だが、「できるところから」「お金をかけず」「環境の多様性を生かしつつ」の工事なので、見た目は「きれい」ではない。「でも」と、マコトさんは思う。
 「海岸をコンクリートで『きれいに』固めた護岸工事が、過去数十年も海と陸、海と人とを隔ててきた。それを考えれば、デコボコの『あぜ道』も悪くない」
 朝市に着くと、すでに地元の住民や観光客でごったがえしていた。東京から電車で十数分。駅からすぐのところに、地元でとれた新鮮な海産物の手に入る市場がある。そんな珍しさから、三番瀬のフィッシャマンズワーフは、テレビでも紹介され全国的に知られるようになった。いまでは立派な観光名所だ。フィッシャマンズワーフに併設されている「三番瀬エコツーリズムセンター」は、三番瀬を訪れる観光客のビジターセンターであり、また、三番瀬を案内するガイドのあっせんや育成をはかるNPOの事務所も兼ねている。フィッシャマンズワーフもエコツーリズムセンターも、県が土地を用意し、NPOや漁協が管理・運営を行う「公設民営」の施設だ。



 周辺では、住民による地区計画によって自然再生の妨げとなるような開発が抑えられているため、あまり大きな建物はないが、シーフードレストランや商店などが軒を連ねている。ごみごみしているが、それもこのまちの魅力だと、マコトさんは思う。
 マコトさんは、アサリとハマグリを一袋ずつ買った。支払いは合わせて50セン。「セン」とは、三番瀬沿岸で使われている地域通貨の単位。「三番瀬エコ・ネットワーク」(Sambanze Eco Network)の頭文字である「SEN」と「銭」とをかけている。地元のNPOが約10年前に始め、現在では、地元の商店や施設などで使える。エコツーリズムセンターと最寄りのJR駅を起点に周辺の公共機関や商業施設・保護区などを結ぶコミュニティバスの運賃も、センで払える。市内を流れる河川の上流で、センを導入している商店街もある。



 あぜ道づくりや水路づくりに参加するボランティアも、作業時間に応じたセンを受け取る。マコトさんも、週末になると、小学5年生と2年生の子どもたちを連れて、地元のNPOが進める護岸整備事業を手伝い、そこで定期的にセンを手に入れている。
 このセンを使った特筆すべき事業に、地元の小中学校での体験学習プログラムがある。三番瀬の漁民や環境保護団体のメンバーを講師に招き、三番瀬の自然や歴史などを総合的に学ぼうという取り組みだ。マコトさんの子どもたちが通う学校でも、妻のカオリさん(39歳)らPTA役員が中心となって、家庭にたまっているセンの寄付を募り、体験学習プログラムの講師謝礼や教材費にあてている。
 三番瀬でノリ養殖を営んできたカオリさんの実家では、最近、引退した父ヨシユキさん(70歳)のあとを弟(35歳)が継いだ。三番瀬の漁業は20世紀末ごろには、縮小の一途をたどると予想されていたが、この十数年間で、漁業および関連業種に従事する人は約1.5倍に増えた。この数字も最盛期である1960年代と比べれば5分の1なのだが、日本の沿岸漁業全体の衰退を考えれば、三番瀬の漁業はおおいに健闘している。


 それでも、問題がないわけではない。
 まず、漁業が拡大するにつれ、商品価値のある魚介類が過剰に利用される傾向がある。また、地域通貨センが象徴するように、三番瀬再生に向けた現在の取り組みは、地域住民を主体とした自発的な環境保全活動やまちづくり活動に、多くの役割を期待している。そのため、大規模な改善や徹底的な規制ができない。
 この地域住民の活動を重視するやり方を肯定的に受け止める人も多いのだが、一部の専門家や環境保護団体は焦りを隠さない。三番瀬再生事業の管理・監督を担う「三番瀬再生円卓会議」でも、「行政が、再生への取り組みにもっと積極的に関与することで、徹底した利用規制や維持・管理を行うべきだ」という意見は根強い。
 利用の圧力が高まるなかで、どこまで市民中心で生物多様性を守っていけるのか。そのための費用はどうやって捻出するのか。試されるのはこれからである。

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三番瀬の未来 住宅地シナリオ
〜「海辺の景観を生かした住宅」のまち〜

 このシナリオでは、人間の安全性・快適性が優先され、その範囲内で生物多様性の保全が追求されています。陸域の利用は、規制によって住宅を中心とし、商工業のための利用は抑制されています。海岸沿いには、都心からのアクセスや海辺の景観を生かした住宅や、公園・緑地が整備されています。三番瀬は、おもに地域住民の憩いの場として利用されています。



 2023年5月X日の三番瀬。
 夕方、都内の会社に勤めるマコトさん(40歳)が自宅近くのJR駅まで帰ってきた。駅前から三番瀬へと延びる大通り周辺には、高層マンションやレストラン、商店などが建ちならんでいる。ケヤキの新緑がまぶしい大通りを海岸へ向かってしばらく歩き、途中で右に折れる。駅から10分ほどでマコトさんの自宅だ。
 三番瀬が一望できる20階の部屋に着くと、午後6時過ぎになっていたが、まだだれも帰っていない。妻のカオリさん(39歳)は、臨海公園内の公民館へジャズ体操クラブの練習に出かけている。小学5年生と2年生の子どもたちは、まだ公園で遊んでいるらしい。子どもたちが帰ってきたら、今日は3人で夕食を食べることになりそうだ。



 マコトさん一家は、3年前にこのマンションを購入し、東京都内から引っ越してきた。マコトさんは、以前から、海のそばで暮らしたいと夢見てきた。自身は東京生まれの東京育ちだが、子どものころ夏休みに外房の祖父母の家で過ごした思い出が、大きくなっても忘れられなかった。だから、インターネットでこのマンションの広告をみつけたときは、すぐに飛びついた。
 東京駅まで電車で20分くらい、値段も手の届く範囲だった。しかも、ここはカオリさんの実家に近い。最近、70歳になったのを機に漁業を引退したカオリさんの父ヨシユキさんが、母のアツコさん(69歳)と二人で隣の市に暮らしているのだ。二人きょうだいの弟(35歳)は、もともと漁業を継ぐ考えはなく、学校卒業後すぐに実家を離れた。しかも5年前からは海外勤務になって、しばらく日本に戻る予定がないらしい。今後のことを考えると、自分たちが両親の近くに住めればなにかと安心だとカオリさんは思った。
 マンションの広告をみた翌日、マコトさんとカオリさんは、子どもたちを連れて現地見学会を訪れた。二人とも、臨海公園をバックに美しく整備された砂浜や、駅周辺の商店街のしゃれた雰囲気がすぐに気に入った。そして、なんと言っても、20階の眼下に開ける海の景色が決め手となった。



 マコトさんは、三番瀬に引っ越してきてから、ほぼ毎朝、出勤前に海沿いの遊歩道を約30分ジョギングしている。この季節、晴れた朝に潮風を浴びながら気持ちのよい汗をかくのは、海とスポーツが大好きなマコトさんにとって最高のぜいたくだ。
 マンションの庭を通り抜けると、すぐそこがマコトさんのジョギングコースである。海沿いの遊歩道には、毎朝早くから、マコトさんと同じようにジョギングやウォーキングなどを楽しむ人たちがたくさん集まってくる。臨海公園周辺の一帯は、大型車や居住者以外の自動車の乗り入れが禁止されていて、子どもや高齢者も安心して歩けるまちになっている。
 マコトさんたちは、休みの日は家族そろって、臨海公園やショッピングモールで過ごすことが多い。どちらも、自宅から歩いて10分以内の近さである。臨海公園には、シーズンになれば一部が潮干狩り場となる砂浜や、芝生広場、アスレチック広場、児童公園などがあり、マコトさんたちは、天気のよい週末には朝から子どもを連れて弁当を持って行き、一日を過ごすこともある。
 このまちには遠方からの観光客こそ訪れないが、休日ともなれば、公園やショッピングモールは憩いの場を求める近隣住民でにぎわいをみせている。
 こうした快適な住環境が整えられてきた一方で、多様な生きものの住みかとして欠かせないアシ原や干潟などの復元は、安全や美観などの理由から三番瀬の多くの区域で敬遠されてきた。住宅開発と並行して三番瀬全域で進められてきたのは、公園と人工の砂浜をセットにした「環境再生事業」であった。



 しかし、こうした状況にも、少しずつだが変化がみられる。
 広々とした公園と砂浜がセットになった海辺はたしかに快適だが、なにか物足りないし、三番瀬の環境の多様さを犠牲にしているのではないか――。そのように感じた近隣住民のあいだで、「かつての三番瀬の豊かさを取り戻そう」という活動が始まっているのだ。干潟とアシ原が広がっていた昔の三番瀬について、古くからこの地域に暮らす住民に話を聞いた新住民たちが、“本当の”環境再生のためになにかできることはないかと呼びかけあって、自然観察・学習のサークルをつくった。現在は、三番瀬での自然観察会や学習会などの活動を進めている。カオリさんも、最近、ジャズ体操クラブの仲間に誘われてメンバーとなった。
 グループでは、最近、臨海公園の一部に湿地を復元した生態園を設けるプランを提案した。これを受けて、公園を管理する市では、公園内での自然復元計画づくりのためのワークショップを、市民の参加を募って始めることを決めた。カオリさんたちは、いま、その準備に追われている。

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三番瀬の未来 商工業シナリオ
〜「商工業と施設型観光レジャー」のまち〜

 このシナリオでは、人間の安全性・快適性が優先され、生物多様性の保全はその範囲内で目指されています。陸域の土地利用に関しては、商工業を含めた自由な活動ができ、海辺の景観や大都市に近い立地条件を活かした商業や施設型レジャー観光を中心としたまちづくりが進められています。自然環境の修復は、残されている海域を使って行われています。



 2023年5月X日の三番瀬。
 ヨシユキさん(70歳)は、孫と一緒にふたたび三番瀬で船に乗ることになろうとは思ってもいなかった。「船」というのは、三番瀬沿岸のショッピングセンターやレジャー施設、駅などを結ぶ水上バス。5年前に漁師を引退したヨシユキさんは、いまは小学5年生になった孫のアユミさん(11歳)をときどき漁船に乗せて海に出たものだ。最近では、こうして娘のカオリさん(39)、夫のマコトさん(40)夫妻と二人の孫とともに、たまに三番瀬にやってくるのが楽しみになっている。
 漁港近くで水上バスに乗り、10分ぐらいで海浜公園に着く。船着き場前の「干潟の水族館」をみて、近くのショッピングセンターで買い物をし、フードコートで昼ご飯。その後、水上バスで隣の市のJR駅まで行って、電車で自宅へ帰る。これがヨシユキさんたちの定番コースだ。



 前世紀の後半に相次いで造成された埋立地の利用形態は、ここ十数年で大きく変わった。いまでも三番瀬周辺の埋立地は、全体としてみれば、鉄鋼や食品・流通などの工場が中心だが、海にもっとも近い部分は、ショッピングセンターやレストラン街、マリンレジャー施設、宿泊施設、一部は住宅地に利用されている。
 「干潟の水族館」や野鳥公園もあり、野鳥公園のなかには、埋め立て前の干潟の自然を再現したサンクチュアリも設けられている。海岸では自然復元事業の一環として人工の砂浜がつくられて、水遊びが楽しめるようになっている。
 週末になると、東京や近県などからも多くの観光客が訪れる。三番瀬は、子どもからお年寄りまでが安全に、そして手軽に海に親しめるレジャー地域となっている。



 人の流れを決定的に変えたのは、土地利用の変化と、それを追いかけるように整備されてきた水上バス網だ。市街地や鉄道駅の近くから、三番瀬のどこへでも、渋滞知らずの水上バスが、ものの10分で連れて行ってくれる。水上バスは、工場で働く人たちの通勤手段としても使われている。埋立地の一部では、水上バスを通すための運河も開削された。三番瀬は、水上交通のまちになっているのだ。
 マコトさんも、以前は自宅から駅まで路線バスを利用していたため、朝の交通渋滞が悩みの種だったが、いまは自宅のそばから渋滞知らずの水上バスに乗り、駅まで行っている。水上バスの停留所まで毎朝15分ほど早足で歩くようになってから、体の調子もよい。
 沿岸の商業施設に混じって建つホテルは、東京周辺の観光地を訪れる人たちの利用も多い。テーマパークで遊んだあと、水上バスに乗って三番瀬のホテルへ向かいつつ、沿岸の夜景を楽しむコースが人気らしい。マコトさん一家も、昨年の夏休みに子どもたちを連れてテーマパークへ行き、帰りに水上バスに乗ってみた。ちょうど三番瀬の近くで花火大会が開かれていて水上バスは満員だったが、子どもたちは大喜びだった。



 一方で、幹線道路の建設など道路網の整備も着々と進められている。
 マコトさんの自宅のそばにも、新しく有料道路の入口が建設されることになり、先日、地元住民に対する説明会が近所の公民館で行われた。マコトさんも参加してみたが、この有料道路は大半が住宅地とは離れた海沿いの地下を通るため、騒音や大気汚染などの影響に対する住民の関心は高くないようだった。参加者の質問や意見は、入口に接続する取り付け道路の位置や、工事車両の通り道などに集中していて、道路の建設自体に対する疑問の声は聞かれなかった。



 ショッピングセンターやホテルの建ち並ぶ海沿いの一角に、市が運営する「三番瀬環境学習センター」がある。三番瀬を生かした環境学習の拠点としてつくられたのだが、現在では、近所の小中学生が授業で訪れるぐらいの利用しかない。環境学習を目当てに外から訪れる人たちは、遠足や修学旅行の子どもたちも含め、大半はこの環境学習センターには寄らず、広告代理店のグループ会社が経営する「干潟の水族館」へ行く。水族館の方が展示に工夫がしてあって、「面白い」らしい。マコトさんの子どもたちも、家族で三番瀬に来るときは、水族館の方へ行きたがる。
 以前は、三番瀬周辺に点在する港湾施設跡を有効利用して、湿地再生の実験場とする案も検討されていた。しかし、その議論がまとまらないうちに、商業施設やレジャー施設を核とした再開発が先行し、やがて港湾施設跡は水上バスのターミナルや停留所として利用されていった。港湾施設跡のなかには、鳥類が休息場・採餌場として利用してきた場所もあったが、湿地再生実験の計画が遅れ、かわりに水上バスの発着場ができたことで、これらの鳥類の居場所は失われた。
 このように、いまの三番瀬では、野鳥公園のサンクチュアリや人工海浜などの形で「自然修復」事業が行われてはいるものの、全体としては、人間の快適性や利便性が優先され、生物多様性の保全はあくまでもその範囲内で目指されている。

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     参考

シナリオ・ワークショップにおいて参加者に配布された各シナリオのイラスト

画像をクリックすると、大きな画像を見ることができます。


(1)保護区シナリオ
保護区シナリオのイラスト



(2)漁業・観光シナリオ
漁業・観光シナリオのイラスト


(3)住宅地シナリオ
住宅地シナリオのイラスト

(4)商工業シナリオ
商工業シナリオのイラスト