「三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップ」の成果について

「三番瀬の未来像を考えるシナリオ・ワークショップ」事務局
「開かれた科学技術政策形成支援システムの開発」研究プロジェクトチーム
研究代表者 若松征男(東京電機大学理工学部)

◆ 目次
1. シナリオワークショップの開催と情報公開
2.このシナリオワークショップの試みの意義

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1.シナリオ・ワークショップの開催と情報公開
 「開かれた科学技術政策形成支援システムの開発」研究プロジェクトチームが事務局となって、「三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップ」を、2003年5月17、18、31日の三日間にわたって、千葉工業大学津田沼キャンパスを会場として開催しました。これは、当プロジェクトの一部として行った参加型手法の社会実験です。
 このワークショップ開催という社会実験については、その目的と方法、シナリオ・ワークショップの特徴、今回の社会実験の背景と目的の三つについて、既に記者発表でも明らかにしていますが、それを「三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップについて」という表題の下、付録として再掲します。
 この社会実験(ワークショップ)は研究プロジェクトの一環としてではありますが、現実の課題(三番瀬とそれを取り巻く町の未来)を扱い、広く社会から参加者を募って行ったものです。それがどのように行われ、どのような成果を得たかについて社会に公開することが、研究グループとして社会的責任を果たすものと私たちは考えます。
 わずか3日間のワークショップではありますが、その経過と成果を示す文書は膨大にあり、全体を捉えることは簡単ではありません。そこで、資料だけではなく、それをどのような性質の資料であるかについてのガイドをつけて公開します。なお、これらは、今後、このワークショップのために作ったホームページ(http://sw.sys.mgmt.waseda.ac.jp/)においても公開します。
 私たち研究プロジェクトは、これから、この社会実験の分析を行い、当プロジェクトの報告書の中で発表する予定ですが、これにはかなりの時間が必要です。また、ここに資料公開をしますが、単に公開だけでは、これまで日本が経験して来なかった参加型手法の社会実験がどのような意味をもち得るか、ご理解を得ることは難しいかもしれません。そこで、以下、暫定的なものではあり、研究グループとして合意したものではありませんが、研究グループの何人かのメンバーの意見を聞きながら研究代表者である若松が現時点で考える「シナリオ・ワークショップ」の試みの意義を述べ、ご参考に供したいと考えます。
 なお、このシナリオ・ワークショップは、EUで行われているものを手本としていますが、そのワークショップ設計は「マニュアル」に示されているように、課題に即して、2日ではなく、3日で行うなど、独自なものとなっています。その意味では、手本のない、新たな手法の実験に近いものです。結果として、この社会実験によって、多くの改善・考慮すべき点など、手法としての課題、また、社会実験をどのように行うべきかなどの課題などが見えてきました。以下では、こうした課題を超えて今回のワークショップ実施がもつと考えられる意義について、その一端を述べてみます。


2.このシナリオ・ワークショップの試みの意義
 多様にある参加手法の一つとして、これまで日本が経験したことのないシナリオ・ワークショップという方法を試みることができました。その結果、1)利害対立のある課題に対して、2)関係する多様な参加者を得て、3)ゆるやかではあるが、一定の合意に向けて、4)シナリオ・ワークショップという枠組みの中で議論したとき、当初の目的とした「未来像」、それに基づいた「行動計画」という結果を生み出した、すなわち、この手法が機能することを、この社会実験は示しました。
 
■参加者と場、対話の成立
 このワークショップでは、三番瀬の未来という課題に即して、専門家、産業界、行政・議員、意見団体に加え、一般公募市民という5つのセクターから参加者を求めました(行政は市川、浦安、船橋の3市役所と交渉しましたが、参加を得られませんでした)。なお、三番瀬円卓会議に参加する人々は対象としませんでした。参加者はそれぞれの立場・考え方(これを情報源と呼びます)を持ち寄りました。しかも、5セクターからの参加という多様な情報源(これをさらに、多様な「専門性」と言い換えることもできましょう)を得ることができました。こうして、このワークショップに多様な情報源、多様な専門性を持ち込み、それらの相互作用を期待したのです。
 参加者は、同じ重みをもって、あるいは、上下関係のない、相互作用のための場(フォーラムと呼ばれることもあります)に参加しました。その結果、協働作業と議論を通じて相互作用を起こすことができ、そこに対話が成立しました。事後アンケートに、対話が出来たことを喜ぶ参加者の姿を見ることができます。こうして、セクターを越えた協力が可能であることが示されました。これは、戦略的投票や次に述べるシナリオを含め、この話し合いの場に課したルールが話し合いを促進した結果であると見ることができるでしょう。
 この対話の場において、シナリオは大きな役割を果たしました。対立点のある課題に対して、参加者は直接に対立、相互批判するのではなく、シナリオという緩衝材を介して互いの話し合いに入ることができました。そして、短い時間ですが、シナリオに関して話し合うことによって、散漫にならず、議論の対象を集中することができました。シナリオ、そしてシナリオ・ワークショップは、話し合いを始めることが困難な課題に対して、短時間のうちに話し合いの段階に到達させる可能性を持っていると考えられます。
 「こうしたやり方を取ることによって、これまでになかった信頼、あるいは信頼の芽が作り出されていった」。今回の社会実験は、これを明らかにしたと考えるのです。

■ このワークショップが生み出したもの
 得られた成果に見られるように、このワークショップは、参照意見として、課題を解決に向かわせる方向性を見出しました。この方向性は、円卓会議や審議会などが生み出す、もっと具体的な成果とは異なります。しかし、課題への光の当て方の違いなど、これまでの議論にはない方向性を示しています。この方向性は、多様な意見、そしてその相互作用によって生み出されたものです。これらは決して意思決定そのものとなるものではありません。しかし、その前段階にある意思決定のための選択肢の集まりを作っていると見ることができます。そして、こうして得られた選択肢は、今後のこの課題についての話し合いの流れをより豊かにするために貢献できるものと考えます。
 また、この方法は、意思決定のための参照意見、ことに多様なアクター間の相互作用の結果を、社会的費用、時間と資源(資金)を大きくかけることなく、課題に対してアドホックに、あるいはスポット的にも集めることが出来るということを、この社会実験は示していると考えます。
 分析はこれからですが、この社会実験を通じて、手法の実際的運用、専門知識の寄与のさせ方など、方法としての課題が多く見出されました。しかし、上に述べましたように、シナリオ・ワークショップという手法の大きな可能性を提示することができたと考えます。このワークショップが生み出した成果の利用だけに止まらず、さらに、この手法が多様な課題に対して、また、多様な場面で活用されることを心から期待しています。

 

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     参考

シナリオワークショップホームページ
http://sw.sys.mgmt.waseda.ac.jp/

 

付録:三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップについて
(1)シナリオ・ワークショップの目的と方法
 シナリオ・ワークショップは、多様な人々の意見をまとめて政策づくりに反映させるための手法です。社会的な取り組みが現時点で必要とされるような問題を考えるときに多く使われます。当面の立場や利害関係から対立しがちな問題であっても、15年後、20年後(場合によっては30年後)という未来に舞台を設定して、将来はこうありたいという状況を関係者が協議しながら構想し、そこから現在の私たちがなすべきことを決めていこうという取組みです。関係者が熟慮して相互に理解しあうことを助けるために、いくつかの将来像(シナリオ)という道具だてが用意されることと、協議や決め方のルールを示して運営される舞台(ワークショップ)の特徴から、シナリオ・ワークショップと呼ばれます。
 シナリオ・ワークショップは、1990年代前半にデンマークではじまり、今日まで海外では数多く実施されてきました。そのやり方はひとつではなく、細かくみるといくつかの流儀があります。これまでに取り上げられたテーマは「教育の未来」などもありますが、EU(欧州連合)の諸都市では最初にデンマークで取り上げられ、シナリオや方法が明確にされている「持続可能性を実現する都市への移行」をテーマとして繰り返し実施されています。

(2)シナリオ・ワークショップの特徴
 シナリオ・ワークショップの最も大きな特徴は、与えられた課題について参加者が討論しやすいように、あらかじめ複数のシナリオが用意されることです。たとえば、「予想される将来の典型的な姿」が4つのシナリオで示されます。シナリオは、文書だけでなくイラストなどでも示されます。これらのシナリオには、たいてい互いに対立する内容が含まれています。参加者は、これらのシナリオに触発されて、問題をより広く、深く考えることができるようになります。
 シナリオ・ワークショップのもう一つの特徴は、討論を重ねたうえで、まず先に、互いが共有できるビジョン(望ましい未来像)について合意をはかることです。このように将来指向の課題を設定することで、異なる立場の人たちでも現在の立場にもとづいた対立からいったん離れて討論がしやすくなり、意見や認識の相互理解や共有、さらに合意が得やすくなります。
 ビジョンについて合意したあとで、参加者は、その未来像に到達するための道筋と方法、つまり誰が何をしていけばよいかという「行動計画」を定めます。これは、未来に向けた現在の行動計画であり、共有されたビジョンの実現にあたって考慮しなければならない様々な現実的な条件を踏まえて作成されます。そのため、複数のビジョン候補を残したままビジョンの合意を先送りし、それぞれの行動計画を討議したうえで、最終的なビジョンを選択することもあります。

(3)今回の社会実験の背景と目的
 今回の「三番瀬の未来を考えるシナリオ・ワークショップ」は、わが国の社会の問題解決や意思決定にシナリオ・ワークショップという手法が役立つかどうか、役立つためにはどのような課題があるかなどを、実際に試行して評価してみようというものです。この社会実験は、わが国の政策形成を社会や関係者に「開かれた」かたちで進める方法を提言する調査研究プロジェクトの一環として行います。
 わが国の政策形成は、これまでもっぱら行政機関や与党が中心になり、一部の専門家の協力を得ながら進めてきたといっても過言ではありません。このため、政策の受け手や関係者の声がしばしば十分に届かずに、政策の内容が適切さを欠いたり、政策過程に不信が生じたりしたこともありました。そこで、政策形成過程を、問題に応じた適切な形態で、社会や関係者に「開く」ことが望まれるようになってきました。また、もともと社会の目標にもとづいて政策をたてるときには、広く目標づくりに社会の各層が参加することが必要でもあります。
 しかし、こうした政策の作り方は、わが国では十分な経験がありません。そのための方法も、問題や社会に合わせて作って行かなければなりません。このことに対する社会の認知も、まだ広がっていません。そこで、今回は、そのあり方をめぐって多くの関係者や関心を持つ人々が論じている三番瀬を事例として、シナリオ・ワークショップという新しい手法を、「社会実験」として試行してみようとしています。そして、できれば三番瀬のあり方に関わる重要な参照意見がまとまり、関係各方面で活用されるとともに、シナリオ・ワークショップという手法の課題や展望が明らかになり、「開かれた」政策形成手法の一つとして本格的に導入が検討され始めることを期待しています。